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SONIC WEB版

 フジに輝いた名曲群 ザ・キュアー&イギー

 月刊SONIC九月号は八月号に引き続き、日本最大級の野外フェス「フジロックフェスティバル」=七月二十七—二十九日@新潟県・苗場スキー場=を特集。ベテランアーティスト二組のステージの様子を紹介する。パンク、ニューウェイヴ時代から活躍を続けるイギリスのバンドで、二十三年ぶりの日本ライブを行ったザ・キュアー。一九七〇年代のロックンローラー、パンクス、そして九〇年代にはクラブキッズたちからも支持されたアメリカのイギー&ザ・ストゥージズだ。

 七月二十七日午後九時五十分。フジのステージ群の中でも最大のグリーンステージがブルーライトに覆われた。

 その中に、ゴシックパンクヘアーの男のシルエットが浮かび上がった瞬間、会場は大歓声に包まれた。ザ・キュアーのフロントマン、ロバート・スミス。体形こそ少しふっくらしていたが、昔と変わることなく目の周りを黒く塗り、唇には真っ赤なルージュを差していた。

    ♪♪♪♪

ザ・キュアーのロバート・スミス=左=と、イギー・ポップ=右。ベテラン勢の力のこもったプレイは、オーディエンスに興奮と感動を与えた(写真はいずれも新潟県・苗場スキー場)

 【写真】ザ・キュアーのロバート・スミス=左=と、イギー・ポップ=右。ベテラン勢の力のこもったプレイは、オーディエンスに興奮と感動を与えた(写真はいずれも新潟県・苗場スキー場)

 八〇年代半ば、MTVの力によって日本でも洋楽がポピュラーになってきたころ。デュラン・デュラン、カルチャークラブといったバンドが、ロックとは縁遠いガールズたちにももてはやされるようになった。この二バンドと同じようにシンセサイザーを取り入れ、ポップな名曲を連発しながらも、ザ・キュアーはまだまだ「ロック好き」にだけ愛されたバンドだった。

 そんな彼らがポップスターの階段を上り始めたのが、八七年に出した七枚目のオリジナルアルバム「キス・ミー、キス・ミー、キス・ミー」。八九年の八枚目「ディスインテグレーション」でその人気は不動のものになった。

 フジでのライブ。静かだったオーディエンスが中盤、ようやく爆発したのは、まさに「ディスインテグレーション」からの名曲群だった。のろしとなった「ラブソング」。立て続けに演奏した「ピクチャーズ・オブ・ユー」「ララバイ」とスローテンポの曲でもハンズアップが起こった。

 その後も「インビトゥイーン・デイズ」「フライデイ・アイム・イン・ラブ」「ジャスト・ライク・ヘブン」とシングルの曲のオンパレード。コアなファンだけがいる単独公演とは違い、多様な音楽好きが集まるフェスらしいセット。が、終盤は一転。シューゲイザーのようなギターソロのある曲などで、現在進行形のザ・キュアーもしっかり見せてくれた。

 アンコール。初期のダンサブルなシングル曲を連発。「レッツ・ゴー・トゥー・ベッド」「クロース・トゥー・ミー」。ファンクネスな曲調で、クラブを意識した十二インチバージョンも作った「ホワイ・キャント・アイ・ビー・ユー?」でひときわ会場を沸かせると、メンバーたちはステージから消えた。

 時間は午前零時。もう終わりだろうと帰る人々もいたが、まさかの二度目のアンコール。ダークな「ア・フォレスト」。そして—残っていた誰もが、待ちに待ったナンバーが、きらめくようなギターリフが始まった。

 「ボーイズ・ドント・クライ」

 二時間二十分。単独公演にも等しい長いライブの締めは、ザ・キュアーのポップさの原点といえる、七九年の2ndシングルだった。

    ♪♪♪♪

 二十八日のグリーンステージ、トリ前の午後七時二十分。薄暗いライトの中、イギーが登場した。ともに七〇年前後の熱いロックの時代を生き抜いた、ザ・ストゥージズという盟友たちとパワフルなステージを繰り広げた。六十歳を迎えたとは思えない、激しいステージングを。

 全十四曲。ほとんどがストゥージズの初期曲。セットリストはこうだ。

 「ルース」
 「ダウン・オン・ザ・ストリート」
 「1969」
 「アイ・ワナ・ビー・ユア・ドッグ」
 「TVアイ」
 「マイ・アイデア・オブ・ファン」
 「ダート」
 「リアル・クール・タイム」
 「ノー・ファン」
 「1970」
 「マインドルーム」
 「ファン・ハウス/L.A.ブルース」
 「スカル・リング」
 「アイ・ワナ・ビー・ユア・ドッグ」

 中盤、イギーが「カム・ヒア!」と叫ぶと、オーディエンスが壇上へ。恒例の客上げだ。もみくちゃにされながら、セックス・ピストルズにもカバーされた名曲「ノー・ファン」を歌うイギー

 ラストは二度目の「アイ・ワナ・ビー・ユア・ドッグ」。ただ、オーディエンスはもっと別の曲が聴きたかったと思う。映画、トレインスポッティングで使われ、九〇年代もイギー健在を印象付けた「ラスト・フォー・ライフ」。七十三年の名盤からタイトル曲「ロー・パワー」やフェス映えしそうな「シェイク・アピール」…。

 やまない「アンコール!」の声。ステージ上の機材の撤収が始まるまで、力いっぱいの拍手を送り続けたオーディエンスの多さが、そのことを物語っていた。

 【ライブ評】ベストアクト 7・28はスキャフル!

スキャフルキング

 高知市の〈羊男〉さんから、フジロック・リポートが届きました。ありがとうございました。

      ◆

 二日間ですが、フジ行ってきました。それぞれの日のベストアクトを紹介します。

 七月二十八日はスキャフルキング=写真。個人的には今年のフジ最大の事件。現在、フロンティアバックヤード、ブラジリアンサイズなど個々に活動している彼らが、活動休止以来六年ぶりの復活! ホワイトステージは、この歴史的瞬間を待ち望んでいたスカダンス集団であふれていました。

 ライブでは、バックドロップボムのタカがステージに飛び入りし、観客の中にはトシロウ(ブラフマン、OAU)の姿も。会場全体でスキャフルの黄色いタオルを掲げた瞬間、胸にこみ上げるものがありました。当時を知るファンも、この日初めて見たキッズも納得の、ブランクを感じさせない完全復活でした。

 二十九日はFERMIN MUGURUZA。スペインとフランスの国境に挟まれた自治州バスク出身のロックバンド。バスク語のリリック、クラッシュスペシャルズに影響され、フガジレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンとも交流があるという彼らの音は、とても強烈でした。

 ライブが始まった時はフロントエリアがガラガラでしたが、終盤にはPAの後ろまで観客で埋め尽くされていました。新しい音楽との出合いもフジの魅力。足を運び、体感してこそわかる「歌力」にあふれたライブでした!

 Photo(C)Yasuyuki Kasagi

 【注目アーティスト】さらば最強リズム隊 M×Kの星、平尾

 一九九八年の結成以来、全国各地でのライブが一千回を超えている高知のトップランナー、五人組のMUSHA×KUSHA。彼らが八月下旬、六枚目のアルバム「ろれるりら」を発表した。和のメロディーと聴く者を異界にいざなう歌詞——そんなM×Kらしさに、疾走感を増したストレートな曲が並ぶ。

 このアルバムを最後に、九月一日で五弦ベース・星崇幸(28)とドラム・平尾慎吾(30)が脱退した。

 M×Kは自由なバンドである。一人一人がアイデアを出し、個性をぶつけ合い、多様な楽曲と激しいライブを生んできた。その中で、星のファンクネスで、時にメロディーとして前へ出てくるベースと、平尾の「王道」と呼ばれながらラフスタイルも見せるドラムは、生きた。

 このメンバーで高知最後となった七月二十一日のライブ@キャラバンサライ=写真。「これだけツアーを回るバンドはいない。やって良かった。ほかでは経験できないことができた」。本番前、星が満足げな顔を見せてくれた。平尾も笑顔だった。「脱退を発表してから、変に初心に戻れました」

 そんな思いが演奏からも感じられた。フロントでさまざまなパフォーマンスを見せる蟲役者・梅原江史(31)に負けぬ、静と動のステージングの星。汗だくでビートを、メロディーを刻み、シャウトする。平尾もフルパワーでリズムを刻んでいく。

 最強のリズム隊—二人のいたM×Kを忘れない。そして新生M×Kに期待したい。その勇姿は九月二十九日、キャラバンサライに現れる。

(2007/09/07)



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