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![]() 『高知音楽シーンの今』(1) 「ROCK」 西岡隆宏
SONICをスタートさせて、今年3月で丸3年。多少の人を知り、わずかだが知識も増えた今、ようやく、この問いを発し、答えを見つけることができるように思う。 高知の音楽シーンはどうなっているのか? 3月号まで3号連続で、シーンの重要人物にインタビューする。トップバッターは、高知ロックシーンの中心ともいえる高知市はりまや町1丁目のライブハウス「X—pt.」店長、西岡隆宏(45)。音楽業界にかかわって二十数年。時代の流れと高知の現状を聞いた。 ▼ライブとは —西岡さんがキャラバンサライ店長になった一九九三年って、バンドブームでしょ。その後、ヴィジュアル系、メロディックパンクと来て。
「サライをライブ用に特化させて、移転させたのが九八年。それまで県内のアマチュアバンドは県民文化ホールとか、ホール中心にやってた。箱(ライブハウス)は少なくて、頻繁にライブするという状況はなかった。 ちょうど移転する前のころから、県外のバンドが高知に来るようになったかな。それまでは県外バンドも、地元のシーンの中だけで活動しよった。それが各地にツアーに出るようになった。ヴィジュアル系のころです」 —高知のバンドも、全国のバンドも、ライブハウスで頻繁にライブする時代がきた、と。 「そういうライブのスタイルができてきて、地方にも、それに対応できる箱が求められ始めたんですよ」
—今も全国には、各地を回ってるバンドが多くいます。 「いや、もう、基本的にプロモーション。音楽事情も変わってきて、一時は人気だったインディーズも、今はすごく厳しい状況じゃないですか。インディーズというのはCDが売れて初めて、自分たちの利益が生まれるわけです。それが活動資金。 けど、CDは売れない。売れんからCD作らない。そうなると…バンドやないというか…伝えるものがない、商品がないとなると『ただ、やる』だけになってしまう。作品を伝えたい、誰かに持っててもらいたい、というのがアーティストでしょ?
それやったら、と自分らあでプロモーション行って、ライブやって、一枚でも売れるきっかけをつくろうとしてやりゆう。ライブをやらんかったら一生、やらんかった土地に自分らの音が広まることはない。CD売れないから」 —日本のCD生産枚数を見ると、九八年の四億五千七百万枚をピークに下がり続けて、二〇〇六年は二億九千万枚。 「ハイスタ(ハイスタンダード)の後、いっぱい出てきよったじゃないですか、メロパンバンドが。そのCDを『これはどんなんやろ』いうて若い子らが買いよった。自分でレコードショップ回って。好きなメロパン系やったら、まあ外れてもそれはそれなりにえいろうみたいな(笑)。
今はそんなリスナー、おらんですよね。知らんかったら買わんです。興味示さんですもん。自分で音楽を探そうという姿勢がない。宣伝にのっかってるだけで満たされてる。寂しい感じがします。 売れるのはメディアにのっかってるやつなので、メジャー系のレコード会社も、いかにテレビ番組や映画の主題歌、CMなどとタイアップするか考えてる」 —そうなると、各地をプロモーションで回るのは…。 「メジャーじゃないバンド。大きく広く、音を伝えるにはそれしかない。あと雑誌。でも雑誌は音が出ない。インターネットで動画配信できる時代になりましたけど、本当のバンドの姿を伝えられるのは、やっぱりライブ。できる限りライブを頑張りたい、というバンドもちゃんといます。 僕も、業界がどう変わっても、変わらんものがライブやと思うてるので。ライブってダイレクトなもんやから。お客さんも自分の目で確認できるはずやから」 ▼地方の実情
—そういった音楽事情の変化の中で、県内のライブイベントはどうですか。お客さんの入りは? 「サライを移転させたころは大勢来てました。どんなライブでも来よった子、おったし。一時のファッションやったのかもしれんですけど」 —で、今は減ってないですか? Xーpt.を一年やって感じるのは? 「圧倒的にライブファンは減ってる。 バンドは、お客さんが育てるもんやと思うてます。お客さんからお金取ってるわけやから、バンドは。下手なライブできんという意識がないといかんし。お金払ったお客さんの方は、いいライブ見せてもらいたい、と。そんな両者が本気でぶつかり合わんと…本当にいいライブというのは成立せんと思うがですよ。 今は…バンドがチケットをよう売らん。自信ないのかなぁ。『良かったら来て』ってタダでチケット配るやつら、おるでしょ。昔からですけど。けど、昔の高知のトップバンドは本気で売った。プライド持ってやりよった」
—高知の若い子は、お金がないと思うんですよ。 「今、東京で客が大勢入るようなバンドが地方に来て、入るかいうたら入らんかったりする。経済格差ですよ。働くとこがない、バイトがない。お金がない。で、ライブに行かない」 —バンドマンも、そんな感じがしますよね。 「『土日しか(活動は)無理や』っていうバンドが多いがですよ。これは僕の想像ですけどね、昔は、自分らがバンド中心の生活をするため、休みやすい仕事を選びよったけど、今は選べん。仕事がないから。雇う側からすれば、都合よう休まれたら困る。辞めてもらう、となるでしょ。すると、休めん。活動はできん。土日だけ。
昔は『いいライブないですか?』って言うてくるバンドがいっぱい、おった。『この日に、一緒にやらしてください』と言うてくるやつらが。今、そういうのないです」 —音楽娯楽は、カラオケ一人勝ちの時代ですかねぇ。 「ヴィジュアル系に期待しましょう(笑)。お客さん、盛り上がってる。ライブは楽しいもんやというのが身に付いてますよ。今、箱へ来ゆう子の多くは『ライブは見るもの』。静かに見ゆうっていう感じですもん、それぞれ立ってる場所で。『それぞれ楽しんでくれたらええ』ってバンドのMCもあるけど。今は(笑)」 —暴れてほしいのにな…。何だか、寂しい話ばっかりになってしまいました(笑)。 「でも、僕がかかわってきた二十数年間、常に右肩上がりじゃなかったですから、音楽シーンって。波はある。今は低迷期。冷え込んじゅうかもしれんですけど、また何かのきっかけで上がってきますよ」
—打つ手は? 「受け身でおるつもりはなくて。全国に乗り遅れんようなムーブメントをつくらんといかん。そのために、いろいろなバンドに高知に足を運んでもらうのが僕らの仕事。 あと、高知のバンドを全国に引けを取らんアーティストにする場所になりたい。でも高知のバンド、最近、解散が多いんですよね。今、ちょっと減ってる時期。でも若者が刺激をもらえるバンドがいないと。自分たちもバンドやりたい、と思えるような。そんなバンドを育てたいですね」 Takahiro Nishioka 1962年、徳島県生まれ。87年、高知市内の楽器店入社。93年、同市大手筋2丁目にあったライブハウス、キャラバンサライの店長に。98年に現在の同市相模町へ移転させ、本格的ライブハウスとして生まれ変わらせた。2006年末、X—pt.オープンと同時に店長就任。 【注目アーティスト】跳ぶ。ロックの先へ 不良外人
跳ぶ。ステージのアンプの上から、二メートル以上の高さのスピーカーから、客席へ。河川敷の野外ステージからは台風一過の濁流にも飛び込んだ。高知の3ピースバンド、不良外人のライブで、ボーカル・ギターのHanda(34)が跳ばなかったことは、ない。 ハッピーファミリーといったバンドなどで、十代から高知のシーンで活躍していたHanda。活動年数が十年を過ぎた二〇〇〇年のこと。 「ボリューム絞って、音をきちっと合わせて…そうじゃない。ほかの楽器のメンバーと、対決したいんだ。ドカーンと大きい音で、ステージで暴れまくって…」 そうしてこの年の秋、不良外人は生まれた。パンク、ガレージロックを基調とした音を、暴れながら、爆音で奏でていく。各パートは基本的にフリー。セッションだ。「ウォーッ」。インストには凶暴なシャウトも交ぜる。近年は叫ぶような歌ものも増えた。 ベースは小中学校での同級生、Jin(35)。ドラムは一昨年秋、KOCHI CITYハードコアでも力強いアタックで知られる木村Roll(37)に代わった。暴れ方が、爆音が加速した。満足げにHandaが言う。「この二人なら安心して暴れられる」 高知市のCHAOTIC NOISE。年末のステージでもまた、Handaが跳んだ。着地点は—きっと、ロックの先。「理想はワンフレーズで僕らと分かる音」「ベースらしいけどベースらしくない音にしたい」「ロックビートを刻むだけ。フリーで、百二十パーセントの完成度目指して」 そんな音に向かって今日も三十代の不良たちは、跳ぶ。 【ライブ評】Cleep飛躍の予感
昨年十二月二十九日@高知市のキャラバンサライ。実力ある地元十組がそろったライブイベント「ultimate」で、あるバンドの演奏がロックな光景を生んだ。 昨年三月結成の3ピース、Cleep=写真。切なさを帯びた歌物ロック4ピース、Sunnyside Rainmakerが、再スタートのために生まれ変わった姿である。相変わらず歌がいい。切ないメロディーと、ボーカルの高くて伸びのある声が、どんぴしゃ合っている。 この日は四番手で登場。ノリのいい曲で始め、二、三曲目をしっとり聴かせた。次第に強い音の曲にしながら。 曲が終わるごとにオーディエンスの拍手が大きくなって—。最後に投入した曲「Hallo&Goodbye」。マーチング風のスローなドラムに浮遊感のあるギターが乗った曲が、力強いリズムとギターに転じた瞬間だった。じっと聴き入っていたオーディエンスが、揺れ始めた。 美しいボーカルが、そんな人々を包んでいく。「HalloとGoodbye 繰り返して僕らは行く」 二〇〇八年、彼らが羽ばたきそうな予感がした。 (2008/01/04)
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