サイトマップ
とさあちホーム
【とさあち】暮らし生き生き 高知が見える  
検索キーワード

 
SONIC WEB版

 消えない宴の記憶 今夏こそフェスへ

 フジロックフェスティバル、サマーソニック、香川のMONSTER baSH…。

 今年も宴(うたげ)の出演陣が続々と発表され始めた。そわそわしている人。準備は進んでるかい? まだ行ったことのない、あなた。今夏こそ出掛けよう!

 ミュージックラバーズの心をつかんで離さない夏フェスの魅力を、フジロック全11回中7回“参戦”、1回は出演という形で実現させた男に聞いた。

 四万十市のバンド、SWAN大谷泰吾(34)。

 彼の言葉が教えてくれた。夏フェスはいや応なしに、見た者の心に深い“痕(あと)”を残し、中毒者(ジャンキー)にする、ということを。

DJ Nozzy

DJ NozzyDAIGO OTANI 四万十市を拠点に活動している3ピースロックバンド、SWANのギター&ボーカル。2006年、オーディション形式の「ルーキー・ア・ゴーゴー」でフジロックに出演。写真左がそのステージでの勇姿。


DJ Nozzy —昨年、僕がフジロックへ行く時に、「いいですねー。フジロックに行くって大人の家出ですよね」ってメールくれましたけど。あれ、どういう意味だったんです? 三日間あるから、ちょっとした旅みたいなもんだって言いたかった?

 「一九九九年、第三回のフジロックに行ったのが最初なんですけど、その時、本当に家出みたいだったんですよ。親の仕事手伝ってるんで、『すみません。三日間、家を空けます』って書き置きして」

 —その時、二十六歳でしょ? 大人がそんなことを(笑)。

 「しかも、突然決まったんです。フジロックの前日かな。DJパーティーに遊びに行ってて。酔ってDJのマイクつかんで『おまえら、これが本物の音楽って思うなよ。オレは明日からフジロック行ってくる』って叫んでた。行く計画なんかなんもしてないのに。勢いで。

DJ Nozzy そうしたら翌日、DJで出てた友人に『フジロック行くがやろ? オレも行く』って家に迎えに来られて。『あ、ああ…行くかぁ…』と。もう行くしかなかった(笑)。行き方も何とかなるやろ、って感じで」

 —ハハハ(爆笑)。第一回、第二回は行こうとしなかったんですか?

 「そのころ月一回、大阪へライブを見にいってたんですけど。(フジロック会場の新潟県)苗場は遠いし、何日もあって長いし。でもこの時は、迎えに来られて踏ん切りがついた」

 —見たいアーティストがいたんじゃないですか?

 「初日のグリーンステージ(フジロックで最も大きなステージ)のトリ、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン。ボーカルが出てきて『レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン、フロム・ロサンゼルス、カリフォルニア!』って叫んで、大盛り上がり。

DJ Nozzy 感動したのは奥田民生。『イージュー★ライダー』歌ったんですよ、ゆるーい曲調にして。『イージュー★ライダー’99』って感じで。『やぶの中へ〜』って歌った瞬間、会場が『うおおおぉぉ』って。すげえ、これがフェスか!って感動してたら、隣にいた友人が涙流してるんですよ。Jロックなんか聴いたこともないそいつが、オレより先に」

—それ、フェスらしいなぁ。

 「知らない音楽でも、ちょっと遠ざけてた音楽でも、いいと思える瞬間がある。その瞬間に出合えると『オレ、広くなった』って感じられて。うれしくなって。そんな瞬間があちこちに落ちてるのがフェス。

DJ Nozzy あと、聴き方自由でしょ。エルビス・コステロをビール片手に花見みたいな感じで見られる。『このおんちゃん、うまいねー』って思いながら(笑)。ハイスタ(ハイスタンダード)でお客さんがグルグルなってるのを寝っ転がって見たり」

 大谷は、実に多くの「個人的フジロック名場面」を語ってくれた。会場でジョー・ストラマーとばったり出会い、一緒に写真を撮ったこと。フジロックを解散の場に選んだブランキー・ジェット・シティ。雨上がりで、会場から大量の蒸気が立ち上っていたこと。アンダーワールド。「ボーン・スリッピー」を待っていたら尿意を催し、持っていたビールの紙コップで用を足したこと…。

 —すごく記憶してますね。

 「残りますよ。帰ってきて、二カ月ぐらいはフェスを肴(さかな)にして酒が飲める。『あれ良かったよなぁ』って」

DJ Nozzy —分かる分かる、それ。

 「そんな感じで、次の年も行きたくなるんですよ」

 —高知空港まで行きながら、断念した年があったでしょ。

 「地元の夏祭りに出なきゃいけないんですよ。それがフジロックへ行く最大の障害。二〇〇四年かな。夏祭りが台風で中止になって。よし、行くぞって空港着いたら、『やっぱりやることになった』って電話が」

DJ Nozzy —で、フジロックに出演することになれば夏祭りは出なくていいと考えて。それが〇六年に実現して。

 「その前の年、〇五年。夏祭りは土曜なんですよ。その夏祭り終わって飲んでて、ひらめいた。フジロックの三日間って金、土、日じゃないですか。『オレは何、三日間にこだわっちゅうがぞ。日曜だけで十分楽しいやんか。行けるじゃん、日曜だけでええじゃん』って」

 —そんなムチャな。

 「酒飲んでない先輩に車運転してもらって大阪へ。そこから新幹線。友人四人も誘って。そいつらはタオル一枚、サンダルで行きましたよ。そこで見たのが土砂降りの中のニュー・オーダープライマル・スクリームに乱入したJ・マスキス

 —今年はどうします?

 「夏祭りがずれたんですよ。ハハハハハ。近所のお兄さんが言いにきてくれましたもん。『泰吾、今年はずらしたきにゃ』って。僕のためにってわけじゃないやろうに(笑)」

 【注目アーティスト】進化し続けるパンク AGGRESSION

AGGRESSION

 パンクを、自在に操る五人組がいる。ライブの“主戦場”は高知市のCHAOTIC NOISE。ある日の本番前、会場でこんなささやき声が聞こえた—こいつら本気で音楽やってるよな。怖いくらいに—。

 バンドの名前はAGGRESSION

 ベースのHIRO(37)は十五歳からバンドを始め、十代の終わりにはINSANE YOUTHで活躍。DISCLOSEをドラムとしても支えた、高知シティ・ハードコアのオリジナルの一人である。

 INSANE時代。高知の街にコピーバンドがあふれる中、自作のパンクサウンドを通した。「自由に、自分で作ってやりたいじゃないですか」

 AGGRESSIONの結成は一九九七年。幾度かのメンバーチェンジを経てきた。最初から変わらないのはHIROのみ。

 が、そんなことは彼には関係がない。「バンドってメンバーみんなでやってくもの。人が変われば音も変わる。その時、持ってるものを出し切るだけ」

 ライブが始まった。近年はパンクを軸に、ロックンロールを加味したサウンドを持ち味としている。

 ドラムのNOBUO(39)の乾いたアタック。TAKASEX(30)のギターがうなり、ボーカルのSHIMAMURA(32)がほえる。

 もう一人のギター、YOUSUCK(27)の言葉を思い出す。「このバンドにいると、未来へのプロセス、進化を味わえる」。今、ここにしかない音。明日には、もう、変わってしまいそうな—そんなパンクサウンドを五人で作り上げていた。

(2008/05/02)



ページの先頭へ