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ライブハウスはやめられない 高知市「ハリーの家」30年の歩み

 高知市北本町一丁目、東へ行くとJR高知駅南口に通じる市道沿いの三階建ての建物。一階の扉を開けると爆音が耳に飛び込んできた。

 八人は上がれる、とも、五人じゃ狭い、ともいわれるステージで熱演中のバンド。スタンディングで百人入るといっぱいのフロアから、拍手を送るオーディエンス。それらを見渡せる少し高くなった位置に、音量を調整し、照明を操る機材スペースがある。人一人しか座れないそこが、彼の指定席。

 ハリー橋本(60)=写真左上。ライブハウス「ハリーの家」を続けて、今年で三十年になった。

ライブハウスはやめられない 高知市「ハリーの家」30年の歩み

 橋本自身、バンドマン。今も現役の。十六歳から二十一歳の間はギターに熱中し、ロックやファンク、リズム&ブルースを演奏。毎夜、ゴーゴー喫茶でオーディエンスを踊らせた。二十代は会社員などをしながら、ピアニストの父と全国に先駆けカラオケを製作。オープンリールのテープにバックミュージックを録音する日々を送っていた。

 一九七八年、三十歳の時。以前のバンド仲間に声を掛けられた。演奏していたライブハウスが火事になったから、お前、ライブハウスをやってくれないか、と。父も、音楽にかかわる仕事だと賛同してくれた。

 橋本が振り返る。「カラオケで演奏するのは演歌とか、軍歌とか。ロックや洋楽、若い人のはやりの歌を聴きたかった。機材にも強かったし。それもあって始めたんですよ」

 七八年八月二十九日、高知市升形。商店街の二階のわずか七坪ほど、喫茶店のようなスペースでオープン。ステージなし。友人のカントリーやブルースのバンド、フォークソングの弾き語りを迎え入れていた。

 一年後、高知市天神町へ。そこが火事になったため八二年には高知市南はりまや町一丁目に移る。いずれも今と同じ約二十坪の広さ。ステージとカウンターがあるのも変わらない。

 二十年ほど前、家賃の安い物件を求めて、現在の場所へ。ロック、パンク、ヴィジュアル系やブルースなどさまざまなジャンルの、幅広い年齢層のバンドが出演してきた。

 「内装を業者にお願いしたら七、八百万円かかる。それを自分で大工仕事したりね。スピーカーやアンプなんかの機材も、知人が中古の出物を教えてくれる。修理も自分でやる。そうやって経費を抑えて、何とかやってこれた」

 現在、ライブイベントは月四、五本。時折、バンドの練習も入る。ただ、それでは…入り口脇に掛けられたスケジュールボードは空欄が目立ち「さっぱりもうけにならない」。一年ほどタクシードライバーもしながら、きりもりしたこともある。

 が、「ハリーの家」をやめようと思ったことはない。

 入り口とフロアを結ぶ通路。バンドマンたちが自分の写真や、出演するライブイベントのちらしを壁に張っていく。今や一面を埋め尽くし、重ねて張られたものもある。

 その前に立ち、橋本が優しい声で語り始めた。

 「ほら、この前の休みの日にイベントしたこのバンド、マラ・シコリアンズ・バンド。ベースの子が、実は昔っから出てくれゆう人の息子さんでね」

 目を細め、続けた。

 「高知大学の学生さん。県外出身で大学時代ここへ出てくれた人が年一回、同窓会をやってくれる。ここで。もう四十歳ぐらいの人たちが。ほかにも昔出よった人がふらっと立ち寄ってくれたり。長く続けゆうから起きる出来事。それがうれしくてやめれんのですよ。まぁライブハウスいうのは、人と人が出会う場所ですから」

 バンドとバンドはここで出会い、次も一緒にイベントをやろう、と約束を交わす。お客さんも気に入ったバンドを見つけ、声を掛ける。素晴らしい演奏でした、と。バンドマンも答える。良かったら次も来てください、と。

 橋本自身、その輪に積極的に加わるからこそ・再会・は生まれる。機材を操作して一日の利用料を受け取って終わり、にはしない。イベント後はバンドマンに気さくに声を掛ける。仲良くなった若者には、ズバッと言う。「下手なプロのまねはせん方がえい」

 亡くなったバンドマンもいる。交通事故や病気で。そんな若者たちのことも、大切に胸にしまってある。

 次のイベントは明日八日。この小さなライブハウスで、また、人と人が出会う夜がやってくる。

【注目アーティスト】THE BIG FAN LADY 変わらぬ直球ロック

TLL  「緊張しますよ」。楽屋で柔軟体操をしていたボーカル、前田祐司(29)が照れ笑いを浮かべた。「一年ぶりですもん」。傍らではギターの吉岡優二(29)とドラムの国沢武司(25)が、静かに話し込んでいた。

 三人は昨年九月、高知を盛り上げ続けた五人組、THE LOW LIFE(TLL)を解散させた。七年間でCDを三枚リリースし、ライブハウスでは数々の名曲で大合唱を起こしてきたバンドを。そして—。

 十月十三日。高知市のキャラバンサライへ帰ってきた。4ピースバンド「THE BIG FAN LADY」。以前いたキーボードを今回は入れず、ベースに吉岡の旧知の仲間、岡田章(26)を迎えて。

 新バンドに対して素直になれないTLLファンも少なからずいた。三人また一緒なら、解散しなくてもよかったじゃないか。もったいない…。

 が、三人の思いは違う。

 吉岡が言った。「迷いながら続けるより、一度やめてよかった。気持ちが、がっと前へ進める。前のバンドでもやりきったけど、それ以上にやれると思えるんですよ」

 解散から一カ月余りたった昨年十一月。「次やりたい、ってすぐなった」という吉岡と、国沢、岡田でスタジオに入り始めた。そして今年二月、前田が合流。練習を重ねてきた。

 新バンド、いよいよステージへ。

 一年ぶりの緊張はどこかへ飛んでいった。自在にギターを操る吉岡。歯切れのよい、力強いリズムを刻む国沢。ステージ狭しと暴れまくる前田の歌—新曲の数々は、日本語がしっかり聞き取れた。そう。TLL時代と変わっていなかったのだ。フィジカルに訴えてくるサウンドでありながら、一緒に歌える直球ロックンロールは。

 オーディエンスのささやき声が聞こえた。「新バンドもいいね」

 ライブを終えた三人はすがすがしい顔をしていた。「全部出し切りました」。彼らに早速、注文を付けた。早くCDを出してほしい、と。だって、曲を覚えてまた一緒に大合唱したいのだ。TLLの時のように、ライブハウスで。

【DISC評】SAKE遊び封印

SAKEROCK「ホニャララ」

 ブロック・パーティー「インティマシー」 切れ味鋭いギターサウンドと、ダンサブルなリズムを持つUKバンドの、できたてほやほやの3rd。前作「ア・ウィークエンド・イン・ザ・シティ」のつまづきそうなリズムがより複雑化したが、ダブ処理された分、ダンサブルに。まさに21世紀の「踊れるロック」第3章。

 V.A.「イン・ザ・ビギニング・ゼア・ワズ・リズム」 ブロック・パーティーが継いだのは1977年結成のUKバンド、ギャング・オブ・フォーの遺伝子。そのことは79年の1stよりもこのコンピの収録曲「トゥー・ヘル・ウィズ・ポバティ」が、如実に表している。コンピは全11曲収録。80年代産「踊れるロック」の宝庫。(以上編集部、OK電算機)

 SAKEROCK「ホニャララ」=写真 2年ぶりの3rd。ハマケンのスキャットも歌モノも封印し、遊びは豪華ブックレットのみ。軽快なリズム、心地良いメロディー。SAKEROCKらしいサウンドをSAKEROCKらしくなく真面目に詰め込んだ、純粋なインストアルバム。(編集部、猿惑星博士)


(2008/11/07)



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