サイトマップ
とさあちホーム
【とさあち】暮らし生き生き 高知が見える  

 
SONIC WEB版

分衆“誕生”の前と後

「阿久悠神話解体 歌謡曲の日本語」見崎鉄著/彩流社

 「阿久悠神話解体 歌謡曲の日本語」見崎鉄著/彩流社

 1970年代に活躍した作詞家、阿久悠。作詞曲5000以上、それらのシングル売り上げ6800万枚超という、日本歌謡界で一時代を築いた彼の「詞のみ」を深く読み込んだ評論。

 阿久の詞が「映画」に影響を受けているという指摘が、随所に出てくる。

 まず詞の構造。カメラワークである。阿久は遠景、近景、アップ、遠景…という順序に当てはめたというが、著者はそういう曲は多くなく「シンプルなカメラワークではない」。タイトルでも「また逢う日まで」「勝手にしやがれ」など映画から借りてきたものは、人々の映画に対する共通イメージを喚起し、数分の歌のイメージを膨らませることに成功しているという。

 こうした作詞法は、Jポップではまったく使われていない。では、どういう手法か—筆者はこのように説明している。

 人気曲の多くは登場人物をただアップでとらえ、一方的な自分のことについての告白を撮り続ける(しかも類似表現の歌が数多く、いかに紋切り型か、も補論で分析しながら)。タイトルにしても映画を見ない人が増えた今、映画から借りてきたりしない。

 阿久はマーケティングにたけていた、と評する人もいる。Jポップもマーケティングの産物である。だとしたら…手法の差は、まさにマーケティングの対象の変化である。80年代=「分衆」「個」誕生の、前と後。本書は「詞のみ」を分析しながら、時代の変化も浮き彫りにしてしまった。

  (編集部、OK電算機)


(2009/10/17)



ページの先頭へ