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“魚たち”を好きな理由

 「公式版 すばらしいフィッシュマンズの本」INFASパブリケーションズ

 フィッシュマンズがデビュー20周年になるのを機に出された本書は、当時周辺にいた音楽関係者らの回想や評論でほぼ埋まっている。随所に出てくるのは、フロントマンで1999年に33歳で急逝した佐藤伸治の、個性と歌詞についての言及。

 代表して…ミュージシャン、曽我部恵一の指摘。

 「ゼロ年代は、人と『街』が分断された状況の中で歌っていかなくてはならなくなった。今にして思えば、フィッシュマンズの音楽は90年代後半の時点で、そういうことを予見していた。だから佐藤さんの歌詞の根底にある『誰ともつながらない閉塞感』はゼロ年代以降、より深く響いていった」

 人間関係にうそを持ち込まない佐藤は、全方位的な人付き合いがうまかった人間ではなかったようだし、都市の孤独、経済的に「失われた」90年代後半の不安感を歌ったという指摘は間違いではないと思う。

 2006年のフジロック。復活したフィッシュマンズを聴いた時のことだ。大観衆の中で、誰も知り合いがいないという孤独。全国ではこれだけフィッシュマンズを愛する人がいるのに、高知ではあまりいないという寂しさ。そんなネガティヴなことを歌から想起した。

 が—。僕がフィッシュマンズに共感したのは、孤独感だけではなかった。裏返しとなるポジティヴで平易な言葉の数々—「このゆううつな顔もきっと/笑顔に変えようぜ」「今はいいよMy Life」。浮遊感あるサウンド、体を揺らしたくなるリズムも好きだった。

 ネガもポジも同居した平易な言葉と心地よいサウンドの融合は、90年代後半、ほかになかった。それは今も。だから僕はフィッシュマンズを聴き続ける。本書の読後、心にわき起こってくるのは、そういう決意にも似た思いだ。

  (編集部、OK電算機)

(2010/7/31)



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