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特集「高知のゼロ年代」前編 集客200人が常態

 「月刊SONIC」は今回を含め、残り2回。最後に「高知のゼロ年代」特集を前後編でお届けしよう。まずは2000〜04年。この時代から現在まで高知の最前線で活躍を続ける、数少ないベテラン2人の証言を基に、キャラバンサライを中心としたシーンを振り返ってみた。それは高知の一部ではあるが、全体の雰囲気を象徴していた。そう、"熱い前半戦"を。

特集「高知のゼロ年代」前編

 高知市のX—pt.で17日に行われたライブイベント。2組目として、ステージに現れたのは今回の証言者、ギターの岡本政勝(34)とベースの吉松謙一(34)。現在、エレクトリックダブバンド、SPIRITUAL BOOSTERとして高知で活躍する2人だが、この日は別のバンドでボーカル、ドラムとともに登場した。

 バンド名、冷凍チキン(略称・冷チキ)。

 岡本が「THE MAD CAPSULE MARKETSと、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、ビースティ・ボーイズを混ぜたのをやりたくて」、中学時代の友人らと1994年に結成したミクスチャーロックバンド。2002年に解散したが、この日、1日だけの再結成を果たした。

特集「高知のゼロ年代」前編

 ボーカルが登場するなり、叫んだ。

 「久しぶりに、ピーチクパーチクわめいてみるかー!」

 沸き上がるオーディエンス。

 吉松は冷チキのメンバーではない。オリジナルメンバーが出られないため、サポートとしてベースを担当した。彼が1998年から4年間在籍した高知のバンドもこの日、出演した。「和のテイスト」を持ち味に、今も全国的に活躍するMUSHA×KUSHA。

 まるで…この2バンドが仕掛け、2000年前後の高知を盛り上げたライブイベント「48HAND」を見ているようだった。

        ■□■

 ゼロ年代前夜。日本中にインディーズブームが吹き荒れた。大手のメジャーレコード会社からCDを出す—というスタイルだけでなく、小さなレーベルから、アーティストの思いのこもった作品が次々とリリースされた。地方にも、席のあるホールではなくオールスタンディング形式のライブハウスが生まれ、各地で結成されたバンドが全国を回り始める。

 岡本「東京進出を考えたこともあったけど…冷チキはメンバーの都合もあって出られなかった。でも高知から、全国回っていけばいいんじゃないかって思えたし」

 吉松「M×K(MUSHA×KUSHA)もそう。メジャーへのこだわりはなかった。いっぱい回ったなぁ」

 岡本「それまでも、高知には名バンドがいくつもおったけど、ツアーを始めたのはこのころやね。ハードコアのEiCHi。メロコア3ピースの STORM。それとM×K、冷チキ。ただツアー回 り始めたころは、県外のライブハウスへ行くには紹介状が必要だったり…」

 吉松「県外バンドと、自分たちが『このバンドいいなー』って思った人らと、仲良くなろうとしたよね。『東京に呼んでもらうには、東京のバンドをまず高知へ呼ぼう』ってこともよく言ってた」

 岡本「こうした土壌ができて、後に続くバンドも『ツアーに出られるんや』ってなったと思うんよね」

 こうした種が、ゼロ年代に開花する。

 2000年は「高知の名盤」が数々生まれた。4月にはEiCHi「LEFT MY HEART IN EiCHi」、STORM「STORM GOES ON TOURING」が相次いで出され、冷チキ「毒持ち」、M×K「エイガヤナイガ」もリリースされた。

 これらのCDを持って、各バンドはツアーを活発化させる。例えばM×K。1999年のライブ数 29本を、2000年には一気に99本に増やした。

 高知のライブハウスもオーディエンスであふれた。48HANDも、活況を支えたイベントの一 つだった。

 1998年4月から2002年5月まで全38回開催(90年代は16回、ゼロ年代に22回)。高知だけでなく、マキシマム ザ ホルモンなど県外のバンドも参加し、毎回10組前後が熱演を繰り広げた。

 吉松「(98年3月に)キャラバンサライが(大川筋2丁目から現在の相模町へ)移転して、それから始まったイベントやったよね」

 岡本「お客さん、普通に200人入って」

 吉松「120人で少ないとか言いよったね」

 岡本「そうそう。そんな時は『150人は入れたい』って反省会したり」

 吉松「もう一つ、EiCHiとSTORMがやりよった『SUPER SCENES』というイベントもあって。ミクスチャー、メロコアのバンドが出よったね」

 岡本「それぞれが相手のイベントに出演したりもしたし」

 この2つが高知のロック、そしてユースカルチャーを代表するイベントとなった。

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 キャラバンサライを舞台にした、ゼロ年代の"熱い前半戦"を闘ったのは彼らだけではない。2000cc、NOSLAP、ドグマ、NOBODY—176(のちのNoweed)…数々の地元バンドが高知を沸かせた。「フェスの時代」も同時に開幕。四国最大級のMONSTER baSHも00年にスタート。03年までにSTORM、NOBODY—176、M×Kが全国区のバンドとそのステージに立った。

 全国的にもインディーズブームは衰えることなく、ちょっとしたバンドブームとなり、MONGOL800のアルバム「MESSAGE」が01—02年のチャートを席巻する。

 吉松は2001年12月の48HANDを最後にM×Kを脱退。48HAND自体、冷チキの解散で02年5月に幕を閉じた。その後、02年12月、2人はドラマーを加え、SPIRITUAL BOOSTERを結成。ケミカル・ブラザーズやプロディジーが先鞭(せんべん)をつけたエレクロ+ロックの道を突き進む。

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 17日のイベント。オーディエンスはゼロ年代前半を知らない世代もいたが、当時を懐かしむ人が多く集まった。その数、250人。開演前から会場は人であふれた。

 岡本、吉松もステージ狭しと暴れ、オーディエンスをあおった。

 そして、"熱い前半戦"を思った。

 岡本「オレらはプロじゃなくて、高知にいる身近なアマチュア。でも、県外や東京へライブしに行ってて。そんな不思議な存在だったことが、バンド活動やイベントの『敷居を低くした』んじゃないか。頑張れば自分たちもできるって、48HANDを見にきてた子もいると思う」

 吉松「インターネットが発達してたとはいえ、欲しい情報が簡単には手に入らず、自分で探して探して見つけてたころだった。だから、そうやって見つけた音楽やイベントは、大切にされたと思う」

 ほかの人に聞けば、また別の答えが返ってくるだろう。その人なりの分析が。ともあれ、"前半戦"は"リードした形"で折り返す。

 それが今—。

 吉松「今日みたいにライブの開演前から人がいっぱいって、今、なかなかないよね」

 ゼロ年代後半。高知の、全国のロックシーンを"氷河期"が襲う。

新譜で次のステージへ



 ゼロ年代初めから今も、高知の最前線で活躍する3人組。ただ、ベテランとはいいにくい。彼らはまだ20代前半だ。

 AFTER SCHOOL。

 2002年、ギターのSHINYA(23)=写真左=とベース&ボーカルのSUMITO(24)=中=が高校1年の時、同級生4人で結成。その後、メンバーチェンジをへて、05年に旧知の先輩でドラムのTAKENOBU(24)=右=が加入し、現体制に。

 彼らは走り続けた。持ち前のパワーポップを武器に。「原点はメロコア。ポップで、ボトム(の音)をしっかり出してるのはその影響」(SHINYA)、「ただ、ドラムはメロコアって感じじゃない。スローで泣ける曲が好き。その要素が入ってます」(TAKENOBU)

 「I 'LL BE HERE」「CLAP YOUR HANDS!!」…数々の曲は、すっかり高知の定番になった。ライブではメンバーの感情も動きもトップギアに入り、会場全体に一体感が生まれる。

 23日、通算5枚目のCD「HOPELESS」をリリース。「これまでは実力を付ける時間。これからは、自分たちもお客さんもさらに楽しくなる…そんな時間にしたい」という思いで作った。

 高知市のX−pt.で行った発売記念のライブ。新譜の曲が重要な役割を果たした。序盤で会場を盛り上げたのは「TURN UP THE RADIO」。「I 'LL—」での大団円につなげたのはCDのタイトルナンバーだった。

 31日から全国ツアーに出る。「CDを出してからが大事な時間」とSUMITO。新譜で次のステージへたどり着いた自分たちを、約30カ所で試す。

 DISC評

 ファンクで「あいつによろしく」

在日ファンクとサイトウ

 在日ファンクとサイトウ"JxJx"ジュン「あいつによろしく」=写真 在日ファンク3カ月連続コラボシングルの第1弾。YOUR SONG IS GOODの「あいつによろしく」をJxJxとカバー。ギターとホーンを利かせたファンクナンバーに仕上げた。耳から離れないスペシャボーイズのテーマも音源化。

  (編集部、猿惑星博士)

 デロレアン「スビサ」 今年の夏、紹介し忘れていた1枚。スペイン発のダンスロック…というよりはハウス。サウンドの軸となっているアッパーなシンセは一歩間違えると小室哲哉風だが、寸止めして80sアンダーグラウンドの質感。浮遊感も醸し出していて心地よく響く。当然、DJユースには◎。

  (編集部、OK電算機)

 ALDIOUS「Deep Exceed」 Jガールズバンドの1st。サウンドは先入観抜きで頭が振れるメロディック・スピードメタル。ボーカルも英語を極力控え、歌謡曲的で親しみやすい。何より、全員キュートでなまめかしい「アゲ嬢」姿! ぜひCDショップで"ご指名"を。

  (南国市、虹の欠片)

 編・集・後・記

 ゼロ年代前半、高知は本当に熱かった。

 90年代、DISCLOSEが世界を射程にとらえるなど、すでに活況を呈していたKOCHI CITY HARDCORE。2000年、INSANE YOUTH A.DやTHE HAPPY FAMILYら当時の主要バンドが、コンピレーションCD「土佐者2000」をリリース。シーンの中心人物、井上賀雄はCONGA FURYを結成。アメリカツアーを実現させる。

 高知市のライブハウス、BAY5 SQUAREがオープンしたのが01年。高知のハードロック、メタルシーンの中核を担い、イベントには200人以上が集まった。

 クラブシーンも、週末の夜になると大にぎわい。大〜中箱の時代。どこにいってもハウス、テクノの四つ打ちリズムが鳴り響き、ジャズクロスオーバー系のパーティー「華麗なる週末」では、やはり200人を超えるクラバーが音楽とアルコールに酔っていた。

 次回、いよいよ月刊SONIC最終号。ゼロ年代後半を襲った"氷河期"にそれらはどうなったのか、お伝えする。 (OK電算機)


(2010/10/29)



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