|
「さまよえる市」も今は昔
ぼく、木曜いっちゃんが居着いている木曜市は曜日市の中では日曜市に次ぐ規模を誇っている。県庁正面入り口の南北道を南進し、電車通りを渡った市道に店が並んでいる。西側のグリーンベルトから歩道にかけての空間を利用し、長さ280メートル、店数100店余り。
周囲には高知市役所などの官庁のほか、県民文化ホール、三翠園や山内神社、公園もあり、高知市の中でももっとも都会的な場所の一つなんだ。ぼくが「シティボーイ」といわれるゆえんさ。観光客が多い日曜市に比べて、利用者は主に高知市民が日々の食材を求める場所になっている。
昼になれば、OLやサラリーマンが昼食のため、いろんなものを買っていく。そうそう、この間は、たくさんの小学生が見学に来ていた。いろんなものがそろっている街路市が珍しいのか、店のおじさんやおばさんを質問攻めにしていたよ。
おこずかいを出して、ヤキトリやイモ天を買い求め、ほおばる姿がかわいかった。店のおばさんの話では、木曜市で売られているような自然の味、本物の味を小さい時から味わっていると、自然と味覚が発達して、すくすくと成長するそうなんだ。

【写真説明】主に高知市民が日々の食材を求めて集まる木曜市
木曜市は昭和元年当時は大橋通にあったんだ。それが、太平洋戦争をはさんで、昭和20年代前半に升形で開設するようになった。しかし、国道の拡張工事の関係で1962年(昭和37年)に桜馬場の高知刑務所西側に引っ越ししたんだ。
それが1970年になると、付近で行われた下水道工事のため10月に再び升形の電車通り北側に移転した。このあたりは裁判所などの官庁やそれを取り巻くオフィスから近いところもあって、昼休みに散策がてらの買い物客も多く、好評だった。
ところが道幅が狭いため、両側に店が立つと自動車の乗り入れが出来なくなるなどの理由から、付近住民からの苦情が続出したんだね。やむなく1971年4月からは、下水道工事の中断する間、高知刑務所西側へまた逆戻りした。
こんな流れの中、検討のすえ、白羽の矢が立ったのが県庁前。交通対策などについても検討したうえで、難色を示していた住民の説得に当たった結果、ようやく解決にこぎつけ、同年5月、現在の位置が確定した。
木曜市は「さまよえる市」で、それとともに、ぼくも引っ越し、引っ越しの連続で疲れちゃった。でも、やっと30年以上開催が続く定位置を見つけて、ぼくもほっとしているよ。
昼休みにイモ天や、ヤキトリをほおばる、おにいさん、お姉さん。ぼくを見かけたら、おすそ分けをよろしく。よい子のみんなはぼくに触れて楽しんでね。グリーンベルトの木陰で休んでいるから。 |